2009年07月31日
栃木県箒川支流小蛇尾川(2004・7・24~25)
翡翠の渕 2004年7月24日~25日 栃木県箒川支流小蛇尾川
この日は特別の日だった。川上さんがシナリオを書き私が主演する二日間のドラマの日である。主演と言うとおこがましいが現実として私が歩けなければ、越えられなければ、前に進まないのであるから誰が何と言っても私が主役なのである。シナリオを書く川上さんも私の演技の出来具合で即興の手直しが必要なのだから大変だ。
こう思う心の裏側で私の緊張ったら他の人には判らないプレッシャーなのである。ヘロヘロになったら這ってでも、ヘヅれずにセミになったら泳ごうとも先に進まないとドラマが進行せずにシナリオライターはいつまでも脱稿出来ない状態となるからである。シナリオライター自身がトップクラスの主演男優なのであるから三文役者は大変辛いのであった。(笑)
車止めに着いた二人に先着の釣り屋二人が話し掛けて来る。「どちらに入られるのですか?」と聞く相手に「小蛇尾だよ、ダムの上に入るから・・」と川上さんが答える。「え~っ、ダムの上ですか?!」信じられないと言うように驚く。相手の格好を見ればウエーダーを履いたフライマンなのだから我々のような源流屋の酔狂な行為など理解出来ないのも当然である。大蛇尾に入ると言う彼らを見送り身支度を続ける。

こう思う心の裏側で私の緊張ったら他の人には判らないプレッシャーなのである。ヘロヘロになったら這ってでも、ヘヅれずにセミになったら泳ごうとも先に進まないとドラマが進行せずにシナリオライターはいつまでも脱稿出来ない状態となるからである。シナリオライター自身がトップクラスの主演男優なのであるから三文役者は大変辛いのであった。(笑)
車止めに着いた二人に先着の釣り屋二人が話し掛けて来る。「どちらに入られるのですか?」と聞く相手に「小蛇尾だよ、ダムの上に入るから・・」と川上さんが答える。「え~っ、ダムの上ですか?!」信じられないと言うように驚く。相手の格好を見ればウエーダーを履いたフライマンなのだから我々のような源流屋の酔狂な行為など理解出来ないのも当然である。大蛇尾に入ると言う彼らを見送り身支度を続ける。
「さあ、行こうか!」いよいよドラマの始まりである。本流を渡渉する水の冷たさが心地良い程の天気である。黙々と歩く登山道が小蛇尾川を鉄網橋で渡ると急登に入る。幾度も折り返しながら高度を稼いでいる。大蛇尾と小蛇尾の中間尾根を登るので右に左に大小蛇尾川の音を聞きながら登る。
登り始めて1時間、登山道が斜度を緩め斜面を東から西へと回りこんだ所で視界が開ける。遠くに小蛇尾ダムの白い巨体が見える。ホントに遠い遙か向こうなのである。
ここに辿り着く直前に川上さんは「おぎんちゃんもう頂上だよ、ここから先は水平移動だぞ!」と確かに言った。ダムを望み腰を下ろす傍らの道はどんどん登っている。「まだ登りがある頂上なんて聞いた事が無いぞ!」
辛い、ホントに辛い・・・。下りが一切無い遠々の上り坂との格闘が続く。ヘロヘロで川上さんとの距離は離れるばかり。樹間から見える白いダムは憎らしいほど近づいて来ない。「おぎんちゃん、頂上だぞ!」と振り向いた川上さんが言う。「へん、騙されるもんか!」と思いながらも半分以上期待している自分が情けない。しかし、今度は本当に頂上だった。頂上と言うよりは登山道の最高点と言った方が当たっている。ここまで来てもダムは遙か遠くに見える。本当に行き着くのか?と不安になるほどそれは遠い。
ここからの登山道は予想通り多少のアップダウンを交えた水平移動となる。こうなると一気に距離が伸びいつの間にかダムの巨体を見下ろす地点まで到達していた。ところがダムを越えたバックウォーターがまた長い。何度か足場の悪いガレをトラバースして明らかに下りとなる道に出るまでが飽きるほど遠く感じる。ここまで2時間半、水場1ヶ所だけ・・・。
川上さんが地形図から予想した時間も2時間半。最近、八久和8時間、袖沢8時間なんてことしてるから「2時間半、チョロイね!」と思いがちだけれども何の何の2時間半は立派なアプローチだった。
途中、道を外して沢沿いに下りダム湖上の道に出た。ダム湖を見下ろす橋の上に立った時には夏の陽射しも手伝ってヘロヘロの虚脱状態だった。
ダム上の渓相は川上さんの予想通りのゴーロだった。巨岩が立ち並ぶ中を縫い落ちるように清廉な水が流れている。今回の目的はこのゴーロ地帯の釣行である。小蛇尾川は塩那スカイラインから源流部への入渓が容易だと言う。まあ、容易にも限度があるのでそれなりの覚悟は必要であるが・・・。
その容易な源流部を避け、遡行に苦労するゴーロ帯を狙おうと言うのである。
川上さんから頂いた切り貼りの地形図にはこの辺りの区間を”ゴーロか?釣り区間”と記入してあり読図の見事さをこの目で確かめる結果となった。更にゴーロの上は広河原と書いてあり実際その通りだったのである。
さて、そのゴーロ帯を目の前にして「おぎんちゃん釣ってみろよ。」と声が掛かる。待ってました!とばかりに竿を出し一投目でアタリが来る。アワセ損ねて釣れなかったが居ると判れば俄然ヤル気が出る。私が釣りをしている間にテン場を探しに行った川上さんが戻って来て「すぐそこにテン場があるよ、荷物下ろしてから釣りに行こう!」と言う。
テン場に荷物を下ろし早速に釣り上る。5寸、6寸、7寸と型を上げながらの釣果を得る。どの岩魚も腹がまっ黄色な居付きである。川上さんは腹の白いアメマス系が出たらダム湖遡上の大物も出ると言うのだが釣れる岩魚は居付きモノばかりだった。
それにしても水が綺麗だ。青かったり緑だったりとまるで翡翠を見ているような気がする。大岩を咬むように流れ白泡を立て怒涛のように落ち下る。その止まる事を知らない流れは一瞬渋滞する淵で青や緑の宝石に変わる。”釣れる岩魚は青いのでは?”とロマンを思わせるほど鮮やかな色だがやはり釣れる岩魚は至って普通だったりする。
釣りを始めてどれくらいだろう・・・私が竿を出す下手下手で川虫捕りに専念していた川上さんもついに竿を出した。順番に釣り上がる。イヤイヤ這い上がるのである。小さな家ほどもあろうかと言う巨岩が川幅一杯に立ち並ぶ中を気軽に”釣り上がる”などと言ってはいけない。川上さんの釣りを見たいのだが遡行に専念しないと確実に落ちるのである。
水に洗われた岩肌はツルツルでスベスベならぬ滑滑なのだ。それが上に立つと2階から見下ろす位の高さがある。慎重にバランスを取りながら隙あらば竿を出し、さらに隙あらば川上さんの釣りを見てと忙しい遡行が続く。
巨岩が造る小滝の手前で丁度12時。2時間くらい遡行した計算である。本日の昼食は川上さん持参の”揖保の糸”。蕗の葉を集め手際よく素麺を盛り付ける。夏のまっ昼間に滝の音を聞きながら河原で素麺を食べる、この上ない贅沢と言うべきであろう。
昼食を終え腰を上げる。しばらく釣り進むと人影が見える。釣りをしている川上さんを残し偵察に向かう。何と釣り人はおばちゃんだった。
そしておばちゃんの後ろの斜面からは??? 犬が降りて来た。
驚かさない様に遠くから姿を確認させながら近づき「上から来たんですか?」と問い掛ける。「いやぁ、ダムに車止めて上まで道を歩いて釣り下って来たんだ。」と言う。「え?ダムに車止めて・・・」これは驚きの新事実、ダムまで車で来れるのねん。(笑)
釣果を聞いてみると全然だと言う。少し上の流れで連れのオヤジが竿を出している。下流はボチボチだと教えてあげて沢沿いの道に上がる。彼女らが釣って来た区間を飛び越え上流部に入るがその後テンカラに変えた私に獲物はゼロだった。
午後も4時となり遡行を切り上げテン場に戻り始める。取水堰堤から貧弱な流れを見下ろし林の中へと入る。”テン場でビール!”を合言葉に飛ぶように歩く。
突然前を行く川上さんが怪訝そうな顔で斜面を見上げていたと思ったら「ラクだ、おぎんちゃん!」と叫ぶ。川上さんの声と同時に斜面を転がる岩を確認し身を伏せる。カッカッと乾いた音が辺りに木霊する。途中の木にぶち当たり何とか止まったと思ったら更に大きいのがもう一つガランガランと転がって来るではないか!「隠れろ!」と叫んで走り出す川上さんに置いて行かれないように慌てて着いて行き二人でかたまる様に岩影に身を潜める。「おぎんちゃん、まだ顔上げるなよ。」と言われて身を縮めていた時間がやけに長く感じた。
昨年の大蛇尾を思い起こす様な落石を目の当たりにした緊張の時間だった。斜面に響き渡る身震いするような乾いたあの音は経験者のみが感じるものである。それにしても川上さんは只者ではない。沢音が響き渡る中で落石の気配を敏感に感じ取れる能力には脱帽である。私なんぞ何も気付かなかったのだから一人なら簡単に落石の餌食になるだろう。
ところが危難はこればかりでは無かった。
テン場に到着してハァ~と一息入れた瞬間、パ~ンとカンシャク玉が弾ける様な音がした。と思ったらテン場上の岩で火花が飛んだ。「えっ、鉄砲!鉄砲ですよねぇ?!」と半ば信じられない気持ちで川上さんに問い掛ける。「ああ、鉄砲だな・・・狙われたぞおぎんちゃん。」と言うと指笛をピーピー鳴らしまくり「人が居るぞ~!!」とけん命に叫ぶ川上さん。だが・・・・この緊張した時間帯に「最初の指笛が不発でスースーだったな・・川上さん珍しく焦ってるじゃん!」とか思う不謹慎な私なのでした。
川上さんの声に反応するように現れたのは何とさっきのおばちゃんだった。あの犬の存在といい、釣りだけが目的じゃない入渓だった様子である。「ごめんね~!」と叫び返すおばちゃんに右手を上げて答える私。我ながら何と寛大な・・・。どうして怒らなかったのか今でも不思議である。弾が当たっていたらと思うと・・・・。
「狙われたのはおぎんちゃんだぞ、俺じゃない。俺はオレンジだからな。」おばちゃんたちが去り、緊張が解けた後に川上さんが笑いながら言う。確かに川上さんはアブ避けにオレンジのレインウエアを着ているが私は黒いシャツに紺のズボンである。見るからにクマさんなのだった。
一難去って又一難とは昔から言われているが両方とも命に関わる出来事だったのだなぁ・・と今更ながら思い返している。
一日を振り返りテン場で一杯始める。話題は事欠かない。
岩魚の事、釣りの事、友人の事、最近の遡行の事、日本各地の源流の事。楽しい語らいに焚き火も踊っていた。
ところが・・・・
ゴロゴロ・・・・ゴロゴロ・・・・と遠雷が聞こえて来る。川には雨も降り出した様子だがブナの枝葉に守られたテン場はまだ平穏としていた。
「ブナの葉から雨が滴って来たら終わりだ。」と言う川上さんの言葉を裏付ける様にそのうちレインウエアを羽織らないと居られなくなり、更に後には酒と肴を抱えてフライの下に逃げ込む羽目になる。
最初はカップ片手に構えていたが、轟々と降リ始めた雨に苦笑いの二人。ピカッ!と光る稲妻から指を折り数える川上さん。「10だ近いな・・・、70だ遠くなったぞ。」とやっていたが行ったと思うと帰ってくる雷に3時間も降り込められたら閉口するしかすべは無い。
今朝、車止メで「フライどうする?」と相談して「降っても夕立くらいだろう・・」と大きなタープを置いて来た二人。今二人を守っているのは280円の2畳のブルーシートだけである。「280円様様だなぁ!」と頭上のシートを見上げて笑い合った。
3時間の長雨に不貞寝をしてしまう川上さん。雨が止んだので焚き火でもとビショビショの焚き木に火を着けるのを試みたがあえなく挫折。シュラフに潜り込んで私も就寝。
翌朝4時に目が覚めて焚き火を熾す。湿った焚き木は煙ばかり吐き出している。徐々に熱を帯びて炎を上げたのが6時だった。ああ疲れる・・・。
今朝はのんびりして帰路に着くだけの予定だ。川上さんも起き出して来た。朝酒に恒例の「氷結」を空け次に「白ビール」と順調?に進む。「バーボン無くなっちゃった・・」と私に焼酎をおねだりするので持参の麦焼酎を献上する。「おぎんちゃん、焼酎は芋だよ、これも美味いけどね。」
おいおい残り少ない焼酎を飲んじゃった人が普通言うか・・・(笑)
酒を飲み尽くしたので朝食だ。昨日の素麺のお礼に蕎麦を打つ事にした。蕎麦が出来上がるのを待っていた川上さんが何やらゴソゴソやり出したかと思うと釣竿を持って川に下りて行った。程無く1尾の岩魚を持って帰って来ると「塩無いか塩!」と蕎麦打ちで忙しい私に聞いて来る。蕎麦粉でボロボロの指で塩を探し出し手渡すと上機嫌で塩焼きを焼き始めた。
岩魚がほど良く焼けた頃、蕎麦も茹で上がった。二人で蕎麦を啜り、岩魚をかじる。「塩焼き、今年の初物だよ。」と嬉しそうに言う川上さんに「私もですよ。」答える。刺身や寿司では口にした岩魚も塩焼きはやっていなかった。
飲んで食ってゴロンと横になったと思ったら雷が鳴り出した。今朝の雷は川上さんのイビキだ、雨の心配は無い。川上さんが寝ている間に後片付けをしてパッキングを済ませる。それでもまだ寝ているので余った餌を持って川に下りる。竿を出すと間も無く飛び出したのは大量のメジロアブの群れだった。払い除けながらしばらく我慢して竿を振っていたが、手の甲や腕をチクチクと咬まれ始めた。こうなると釣りどころではなくなりホウホウの態で退散する。テン場に戻ると川上さんも起き出して準備万端。焚き火の後始末をしてテン場を後に帰路に着く。
「帰りはルンルンだよ♪」登りばかりの往路を来た間違いの無い予測の筈だった。でもテン場に来るには下りもあったぞ・・・・。と言うことでテン場を後にした我々に最初に襲いかかったのは沢沿いに降りて来た部分の登り返しだった。往路は沢沿いを下って来たが、幸か不幸か復路には正規の道を発見し黙々と折り返しの上り坂を登って行くのでした。川上さんが前方で珍しく「足が重い!」と叫んでいる。私は往路にあみ出したスケータワルツ歩行(爆)で若干余裕の八分の出来だった。登り切った所でおもむろにザックを下ろし「キツイな~、朝酒はダメだ!」と叫ぶ川上さんだった。先週、どこかの渓で朝酒の反省をした筈なのに・・・・。(笑)
まあ、元々が山に強い人ですから登り切れば私との距離は離れるばかりです。でも今日は歩くだけじゃなく拾い物をして帰ります。時々立ち止まり時間を掛けての拾得物回収作業に弱い私も川上さんに歩調を合わせて歩きます。ダムまで車で入れると聞けば釣りだけじゃ越える気にもならないし、キノコ採りだけじゃこれまた収穫が少ないこの山越えのコース。川と山の幸を頂く我々に丁度良いコースなのかも知れない。
キノコを採ってルンルン気分で歩く登山道。待つのは下りだけという気持ちが気を緩めたのか・・・・。ガレ場を小走りに抜ける川上さんを真似して私も調子良く駆け抜けるつもりだった。ところが最後の一歩が踏み後を靴一つ分谷側を踏んだ途端に私の身体は斜面にへばり付いて倒れていた。滑落である。慌てて川上さんが必死に斜面にしがみつく私のザックの雨蓋に手を掛けて引っ張り上げてくれた。油断大敵とはこの事この事か・・・
最高点を過ぎいよいよ下りだけとなる登山道。1時間下りのみというのも結構辛いものがある。川上さんは枝を拾い杖代わりに突いている。大蛇尾と小蛇尾の中間尾根に出たところで大蛇尾にヘリの低空ホバーリングを見る。「何かありましたね・・。」と語り合いながら尾根を下る。
帰還日は日曜日。晴天の夏休みの一日は大小蛇尾川の出合いをファミリーレジャーの場に衣替えさせていた。裸で水遊びする子供たちに軽装の父母の姿。その横を車止メへと渡渉する我々にメジロアブが絡み付く。「あの人たちアブ気にならないのかな?・・・」そう思う私の周りにアブの群れは着いて来るのだった。
川上さんの書いたシナリオはいつの間にかアクションドラマに変わっていた。主演男優はもちろんライターまでもがスタントマンを使う事無く、自ら危険なアクションを無事にこなすと言うハリウッドや香港映画にも劣らぬ内容となった。しかし本来の目的は・・・・
川上さんの思い描く小蛇尾川はもう無かったらしい。下流のゴーロ帯と美しい水の色だけを新たに想い出に加えて脱稿した。
登り始めて1時間、登山道が斜度を緩め斜面を東から西へと回りこんだ所で視界が開ける。遠くに小蛇尾ダムの白い巨体が見える。ホントに遠い遙か向こうなのである。
ここに辿り着く直前に川上さんは「おぎんちゃんもう頂上だよ、ここから先は水平移動だぞ!」と確かに言った。ダムを望み腰を下ろす傍らの道はどんどん登っている。「まだ登りがある頂上なんて聞いた事が無いぞ!」
辛い、ホントに辛い・・・。下りが一切無い遠々の上り坂との格闘が続く。ヘロヘロで川上さんとの距離は離れるばかり。樹間から見える白いダムは憎らしいほど近づいて来ない。「おぎんちゃん、頂上だぞ!」と振り向いた川上さんが言う。「へん、騙されるもんか!」と思いながらも半分以上期待している自分が情けない。しかし、今度は本当に頂上だった。頂上と言うよりは登山道の最高点と言った方が当たっている。ここまで来てもダムは遙か遠くに見える。本当に行き着くのか?と不安になるほどそれは遠い。
ここからの登山道は予想通り多少のアップダウンを交えた水平移動となる。こうなると一気に距離が伸びいつの間にかダムの巨体を見下ろす地点まで到達していた。ところがダムを越えたバックウォーターがまた長い。何度か足場の悪いガレをトラバースして明らかに下りとなる道に出るまでが飽きるほど遠く感じる。ここまで2時間半、水場1ヶ所だけ・・・。
川上さんが地形図から予想した時間も2時間半。最近、八久和8時間、袖沢8時間なんてことしてるから「2時間半、チョロイね!」と思いがちだけれども何の何の2時間半は立派なアプローチだった。
途中、道を外して沢沿いに下りダム湖上の道に出た。ダム湖を見下ろす橋の上に立った時には夏の陽射しも手伝ってヘロヘロの虚脱状態だった。

その容易な源流部を避け、遡行に苦労するゴーロ帯を狙おうと言うのである。
川上さんから頂いた切り貼りの地形図にはこの辺りの区間を”ゴーロか?釣り区間”と記入してあり読図の見事さをこの目で確かめる結果となった。更にゴーロの上は広河原と書いてあり実際その通りだったのである。
さて、そのゴーロ帯を目の前にして「おぎんちゃん釣ってみろよ。」と声が掛かる。待ってました!とばかりに竿を出し一投目でアタリが来る。アワセ損ねて釣れなかったが居ると判れば俄然ヤル気が出る。私が釣りをしている間にテン場を探しに行った川上さんが戻って来て「すぐそこにテン場があるよ、荷物下ろしてから釣りに行こう!」と言う。
テン場に荷物を下ろし早速に釣り上る。5寸、6寸、7寸と型を上げながらの釣果を得る。どの岩魚も腹がまっ黄色な居付きである。川上さんは腹の白いアメマス系が出たらダム湖遡上の大物も出ると言うのだが釣れる岩魚は居付きモノばかりだった。
それにしても水が綺麗だ。青かったり緑だったりとまるで翡翠を見ているような気がする。大岩を咬むように流れ白泡を立て怒涛のように落ち下る。その止まる事を知らない流れは一瞬渋滞する淵で青や緑の宝石に変わる。”釣れる岩魚は青いのでは?”とロマンを思わせるほど鮮やかな色だがやはり釣れる岩魚は至って普通だったりする。
釣りを始めてどれくらいだろう・・・私が竿を出す下手下手で川虫捕りに専念していた川上さんもついに竿を出した。順番に釣り上がる。イヤイヤ這い上がるのである。小さな家ほどもあろうかと言う巨岩が川幅一杯に立ち並ぶ中を気軽に”釣り上がる”などと言ってはいけない。川上さんの釣りを見たいのだが遡行に専念しないと確実に落ちるのである。
水に洗われた岩肌はツルツルでスベスベならぬ滑滑なのだ。それが上に立つと2階から見下ろす位の高さがある。慎重にバランスを取りながら隙あらば竿を出し、さらに隙あらば川上さんの釣りを見てと忙しい遡行が続く。

昼食を終え腰を上げる。しばらく釣り進むと人影が見える。釣りをしている川上さんを残し偵察に向かう。何と釣り人はおばちゃんだった。
そしておばちゃんの後ろの斜面からは??? 犬が降りて来た。
驚かさない様に遠くから姿を確認させながら近づき「上から来たんですか?」と問い掛ける。「いやぁ、ダムに車止めて上まで道を歩いて釣り下って来たんだ。」と言う。「え?ダムに車止めて・・・」これは驚きの新事実、ダムまで車で来れるのねん。(笑)
釣果を聞いてみると全然だと言う。少し上の流れで連れのオヤジが竿を出している。下流はボチボチだと教えてあげて沢沿いの道に上がる。彼女らが釣って来た区間を飛び越え上流部に入るがその後テンカラに変えた私に獲物はゼロだった。
午後も4時となり遡行を切り上げテン場に戻り始める。取水堰堤から貧弱な流れを見下ろし林の中へと入る。”テン場でビール!”を合言葉に飛ぶように歩く。
突然前を行く川上さんが怪訝そうな顔で斜面を見上げていたと思ったら「ラクだ、おぎんちゃん!」と叫ぶ。川上さんの声と同時に斜面を転がる岩を確認し身を伏せる。カッカッと乾いた音が辺りに木霊する。途中の木にぶち当たり何とか止まったと思ったら更に大きいのがもう一つガランガランと転がって来るではないか!「隠れろ!」と叫んで走り出す川上さんに置いて行かれないように慌てて着いて行き二人でかたまる様に岩影に身を潜める。「おぎんちゃん、まだ顔上げるなよ。」と言われて身を縮めていた時間がやけに長く感じた。
昨年の大蛇尾を思い起こす様な落石を目の当たりにした緊張の時間だった。斜面に響き渡る身震いするような乾いたあの音は経験者のみが感じるものである。それにしても川上さんは只者ではない。沢音が響き渡る中で落石の気配を敏感に感じ取れる能力には脱帽である。私なんぞ何も気付かなかったのだから一人なら簡単に落石の餌食になるだろう。
ところが危難はこればかりでは無かった。
テン場に到着してハァ~と一息入れた瞬間、パ~ンとカンシャク玉が弾ける様な音がした。と思ったらテン場上の岩で火花が飛んだ。「えっ、鉄砲!鉄砲ですよねぇ?!」と半ば信じられない気持ちで川上さんに問い掛ける。「ああ、鉄砲だな・・・狙われたぞおぎんちゃん。」と言うと指笛をピーピー鳴らしまくり「人が居るぞ~!!」とけん命に叫ぶ川上さん。だが・・・・この緊張した時間帯に「最初の指笛が不発でスースーだったな・・川上さん珍しく焦ってるじゃん!」とか思う不謹慎な私なのでした。
川上さんの声に反応するように現れたのは何とさっきのおばちゃんだった。あの犬の存在といい、釣りだけが目的じゃない入渓だった様子である。「ごめんね~!」と叫び返すおばちゃんに右手を上げて答える私。我ながら何と寛大な・・・。どうして怒らなかったのか今でも不思議である。弾が当たっていたらと思うと・・・・。

一難去って又一難とは昔から言われているが両方とも命に関わる出来事だったのだなぁ・・と今更ながら思い返している。
一日を振り返りテン場で一杯始める。話題は事欠かない。
岩魚の事、釣りの事、友人の事、最近の遡行の事、日本各地の源流の事。楽しい語らいに焚き火も踊っていた。

ゴロゴロ・・・・ゴロゴロ・・・・と遠雷が聞こえて来る。川には雨も降り出した様子だがブナの枝葉に守られたテン場はまだ平穏としていた。
「ブナの葉から雨が滴って来たら終わりだ。」と言う川上さんの言葉を裏付ける様にそのうちレインウエアを羽織らないと居られなくなり、更に後には酒と肴を抱えてフライの下に逃げ込む羽目になる。
最初はカップ片手に構えていたが、轟々と降リ始めた雨に苦笑いの二人。ピカッ!と光る稲妻から指を折り数える川上さん。「10だ近いな・・・、70だ遠くなったぞ。」とやっていたが行ったと思うと帰ってくる雷に3時間も降り込められたら閉口するしかすべは無い。
今朝、車止メで「フライどうする?」と相談して「降っても夕立くらいだろう・・」と大きなタープを置いて来た二人。今二人を守っているのは280円の2畳のブルーシートだけである。「280円様様だなぁ!」と頭上のシートを見上げて笑い合った。
3時間の長雨に不貞寝をしてしまう川上さん。雨が止んだので焚き火でもとビショビショの焚き木に火を着けるのを試みたがあえなく挫折。シュラフに潜り込んで私も就寝。
翌朝4時に目が覚めて焚き火を熾す。湿った焚き木は煙ばかり吐き出している。徐々に熱を帯びて炎を上げたのが6時だった。ああ疲れる・・・。
今朝はのんびりして帰路に着くだけの予定だ。川上さんも起き出して来た。朝酒に恒例の「氷結」を空け次に「白ビール」と順調?に進む。「バーボン無くなっちゃった・・」と私に焼酎をおねだりするので持参の麦焼酎を献上する。「おぎんちゃん、焼酎は芋だよ、これも美味いけどね。」
おいおい残り少ない焼酎を飲んじゃった人が普通言うか・・・(笑)
酒を飲み尽くしたので朝食だ。昨日の素麺のお礼に蕎麦を打つ事にした。蕎麦が出来上がるのを待っていた川上さんが何やらゴソゴソやり出したかと思うと釣竿を持って川に下りて行った。程無く1尾の岩魚を持って帰って来ると「塩無いか塩!」と蕎麦打ちで忙しい私に聞いて来る。蕎麦粉でボロボロの指で塩を探し出し手渡すと上機嫌で塩焼きを焼き始めた。

飲んで食ってゴロンと横になったと思ったら雷が鳴り出した。今朝の雷は川上さんのイビキだ、雨の心配は無い。川上さんが寝ている間に後片付けをしてパッキングを済ませる。それでもまだ寝ているので余った餌を持って川に下りる。竿を出すと間も無く飛び出したのは大量のメジロアブの群れだった。払い除けながらしばらく我慢して竿を振っていたが、手の甲や腕をチクチクと咬まれ始めた。こうなると釣りどころではなくなりホウホウの態で退散する。テン場に戻ると川上さんも起き出して準備万端。焚き火の後始末をしてテン場を後に帰路に着く。
「帰りはルンルンだよ♪」登りばかりの往路を来た間違いの無い予測の筈だった。でもテン場に来るには下りもあったぞ・・・・。と言うことでテン場を後にした我々に最初に襲いかかったのは沢沿いに降りて来た部分の登り返しだった。往路は沢沿いを下って来たが、幸か不幸か復路には正規の道を発見し黙々と折り返しの上り坂を登って行くのでした。川上さんが前方で珍しく「足が重い!」と叫んでいる。私は往路にあみ出したスケータワルツ歩行(爆)で若干余裕の八分の出来だった。登り切った所でおもむろにザックを下ろし「キツイな~、朝酒はダメだ!」と叫ぶ川上さんだった。先週、どこかの渓で朝酒の反省をした筈なのに・・・・。(笑)
まあ、元々が山に強い人ですから登り切れば私との距離は離れるばかりです。でも今日は歩くだけじゃなく拾い物をして帰ります。時々立ち止まり時間を掛けての拾得物回収作業に弱い私も川上さんに歩調を合わせて歩きます。ダムまで車で入れると聞けば釣りだけじゃ越える気にもならないし、キノコ採りだけじゃこれまた収穫が少ないこの山越えのコース。川と山の幸を頂く我々に丁度良いコースなのかも知れない。
キノコを採ってルンルン気分で歩く登山道。待つのは下りだけという気持ちが気を緩めたのか・・・・。ガレ場を小走りに抜ける川上さんを真似して私も調子良く駆け抜けるつもりだった。ところが最後の一歩が踏み後を靴一つ分谷側を踏んだ途端に私の身体は斜面にへばり付いて倒れていた。滑落である。慌てて川上さんが必死に斜面にしがみつく私のザックの雨蓋に手を掛けて引っ張り上げてくれた。油断大敵とはこの事この事か・・・
最高点を過ぎいよいよ下りだけとなる登山道。1時間下りのみというのも結構辛いものがある。川上さんは枝を拾い杖代わりに突いている。大蛇尾と小蛇尾の中間尾根に出たところで大蛇尾にヘリの低空ホバーリングを見る。「何かありましたね・・。」と語り合いながら尾根を下る。
帰還日は日曜日。晴天の夏休みの一日は大小蛇尾川の出合いをファミリーレジャーの場に衣替えさせていた。裸で水遊びする子供たちに軽装の父母の姿。その横を車止メへと渡渉する我々にメジロアブが絡み付く。「あの人たちアブ気にならないのかな?・・・」そう思う私の周りにアブの群れは着いて来るのだった。
川上さんの書いたシナリオはいつの間にかアクションドラマに変わっていた。主演男優はもちろんライターまでもがスタントマンを使う事無く、自ら危険なアクションを無事にこなすと言うハリウッドや香港映画にも劣らぬ内容となった。しかし本来の目的は・・・・
川上さんの思い描く小蛇尾川はもう無かったらしい。下流のゴーロ帯と美しい水の色だけを新たに想い出に加えて脱稿した。
タグ :釣行記
Posted by 副隊長 at 07:01│Comments(0)
│遡行記
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。